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前橋地方裁判所 昭和62年(ワ)195号 判決

主文

一  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者間の求めた裁判

一  請求の趣旨

(昭和六二年(ワ)第一九五号事件)

1  被告安田火災海上保険株式会社(以下「被告安田火災」という。)は原告に対し、一八〇〇万円及びこれに対する昭和六二年六月一一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は右被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

(昭和六二年(ワ)第二四九号事件)

1  被告大正海上火災保険株式会社(以下「被告大正海上」という。)は原告に対し、一三五〇万円及びこれに対する同年七月二三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は右被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

(昭和六二年(ワ)第二五〇号事件)

1  被告住友海上火災保険株式会社(以下「被告住友海上」という。)は原告に対し、一二〇〇万円及びこれに対する同年七月二三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は右被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

(保険契約の存在)

1 原告は被告らとの間で、別紙目録記載のとおりの各保険契約(以下「本件一の契約という、以下二ないし六も同様にいう。)を締結した。

なお、原告は被告らに対し、右各契約に基づく第一回の保険料を別紙目録契約締結日欄記載の各契約締結日にそれぞれ支払った。

(保険事故の発生)

2 原告は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)により、頭部打撲、胸部打撲、腰部捻挫、左膝打撲の各傷害を負った。

日時 昭和六一年一二月二五日午後一〇時三五分頃

場所 群馬県勢多郡北橘村大字下南室四三三-一付近県道上

運転車両 普通乗用自動車(足立五五わ五三三七)

運転者 原告

態様 原告が右自動車を運転中、自車前部を路上の電柱に衝突させた。

(後遺障害の発生)

3(1) 原告は、右事故の際、衝突のショックで車外へ投げ出され、道路面で後頭部を強打し、一時意識消失状態に陥った。そして、事故後約二〇分して事故現場に到着した救急車で渋川市の桜井病院に搬送され、治療を受け、翌二六日にも同病院で治療を受けた。原告は、事故直後より、耳鳴りやめまいが生じ、左耳の聴力に異常を感じたため、右同日、渋川市の森耳鼻咽喉科で診察を受けた結果、左耳の外傷性高度難聴と診断され、左耳が聾状態であることが分かった。原告は、右病院の医師の指示により昭和六二年一月五日から同年二月二七日まで群馬大学医学部付属病院耳鼻咽喉科及び麻酔科で治療を受けたが、聾状態にあり、回復可能性はなく、左側高度神経性難聴の後遺障害と診断された。

(2) 原告が被告らとの間で締結した保険契約の約款別表(1)後遺障害支払区分によれば、「一耳の聴力を全く失ったとき」の約定保険金は保険証券記載の保険金額の三〇パーセントである。

(結語)

4 よって、原告は、右約款に基づき、

(1) 被告安田火災に対し、保険証券記載の保険金額合計六〇〇〇万円の三〇パーセントに当たる一八〇〇万円とこれに対する訴状送達の日である昭和六二年六月一一日から、

(2) 被告大正海上に対し、保険証券記載の保険金額合計四五〇〇万円の三〇パーセントに当たる一三五〇万円とこれに対する訴状送達の日である同年七月二三日から、

(3) 被告住友海上に対し、保険証券記載の保険金額合計四〇〇〇万円の三〇パーセントに当たる一二〇〇万円とこれに対する訴状送達の日である右同日から、

それぞれ支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する認否及び主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、原告主張の事故が発生した事実は認め、原告が障害を負った事実は知らない。

3  同3、(1)の事実は否認する。同(2)の事実は認める。

原告には、本件事故直後において、左耳部痛の愁訴は全くなく、かつ出血もなかったもので、誰の目から見てもあきらかなほど軽症であった。原告は、後遺障害の原因として頭部打撲を主張するが、頭部に僅かなこぶができた程度で、湿布を施す必要もない軽症であるのに、これが原因で難聴にまでなるとは到底考えられない。

仮に、原告に内耳振盪症の症状があるとしても、本件事故以外の原因により罹患した可能性も十分窺えるし、あるいは先天性難聴の疑いもあるほか、突発性難聴の疑いも十分に存するもので、本件事故と原告主張の後遺障害との間には因果関係がない。

4  同4は争う。

三  抗弁

1  保険契約の解除

(被告安田火災)

(1) 原告は、被告安田火災と本件一、二の契約を締結した直後に重複して被告大正海上と本件三、四の契約を、また被告住友海上と保険五、六の契約をそれぞれ締結した。

(2) 右各契約については、保険契約者が、契約締結後、他の保険契約(重複保険契約)を締結する場合には、保険者にその旨を通知することが約定されていた。

(3) 原告は右の通知を怠った。

(4) そこで、被告安田火災は原告に対し、昭和六二年四月二日到達した書面により原告に対し右通知義務違反を理由として本件一、二の契約をいずれも解除する旨の意思表示をした。

したがって、被告安田火災には、保険金支払義務がない。

(被告大正海上、同住友海上)

(5) 原告は、被告大正海上と本件三、四の契約を、被告住友海上と本件五、六の契約をそれぞれ締結した。

(6) 右各契約については、保険契約者が、契約当時、重複保険契約を締結している場合には、保険契約申込書にその旨を記載してこれを保険者に告知すべきで、保険契約者がこれを怠ったときは、保険者は保険契約を解除できることが約定されていた。

(7) 原告は、右の告知を怠った。

(8) そこで、被告大正海上及び同住友海上は原告に対し、いずれも原告に昭和六二年四月二日到達した書面により原告に対し右告知義務違反を理由として契約を解除する旨の意思表示をした。

したがって、右被告らには、保険金支払義務がない。

2  故意の受傷による免責

(1) 本件一ないし六の各契約において、保険者は、保険契約者の故意によって生じた傷害については保険金支払義務を負わないとの約定がなされている。

(2) 本件事故の状況には、次に述べるとおり、不自然な事実があるばかりか、原告には短期間に多額の同種、複数の保険契約を締結する合理的な動機がなく、かつ原告の収入は曖昧であるのに1か月の保険料合計額が一〇万四八六〇円であることなどからして、原告が保険金を騙取する目的で故意に本件事故を生じさせたものと推認される。

すなわち、原告は、本件事故の当時、シートベルトを装着していたというのであるから衝突のショックで車外に投げ出されるはずはなく、いわんや、道路面で後頭部を強打するはずもない。また、原告は、本件事故直後、一時意識消失状態に陥ったというが、事故後手を振って通行中の車を止めようとしたことや救急隊員に対し、「救急車は要らない。」と自ら述べていたことなどから考えて、本件事故は不自然である。

したがって、本件事故とこれによる原告主張の後遺障害は原告の故意によって生じたもので、被告らには保険金支払義務がない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1、(1)、(2)の事実は認める。同(3)は争う。同(4)のうち、被告安田火災に保険金支払義務がないとの点は争い、その余の事実は認める。同(5)、(6)の事実は認める。同(7)は争う。同(8)のうち、被告大正海上及び住友海上に保険金支払義務がないとの点は争い、その余の事実は認める。

2  同2、(2)の事実は否認ないし争う。

3  被告大正海上及び同住友海上が、契約解除の根拠とする重複保険契約の告知義務に関する約定の趣旨は、保険契約者における不当な利得の禁止という損害保険における公序的な原則を確保するためのものであるから、重複保険契約をした者が右の目的をもって契約を締結したうえ保険金を請求する場合でなければ、例え、右約定がなされていても、なお解除権は発生しないというべきである。

そして、原告には、右不当な利得の目的はないから、被告らの解除権は発生せず、原告の本件保険金請求は正当である。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  請求の原因1の事実(保険契約の存在)及び2の事実(保険事故の発生、但し、原告の受傷の点を除く。)はいずれも当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、原告は、右事故により左胸部、左膝部、頭部の各打撲、腰部捻挫の各傷害を負ったことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  原告は、右事故による負傷が原因で左側高度神経性難聴の後遺症を負った旨主張して、保険契約における後遺障害の際の約款に基づき保険金を請求するところ、被告らは、本件事故は原告の故意によるものであるとして、本件事故につき免責を主張するので、まず、この点について判断する。

原告が、昭和六一年一〇月一三日から同年一一月一八日までの一か月余りの間に被告ら三社との間で合計六口の保険契約(本件一ないし六契約)を次々と締結し、その各契約時に一回分の保険料(六口合計一〇万四八六〇円)を支払った後、最終契約締結日より約一か月後である同年一二月二五日に本件事故を起こしたことは前述のとおりであり、右各契約において、保険者は保険契約者の故意によって生じた傷害については保険金支払義務を負わず、免責されるとの約定がなされていたことにつき被告は明らかに争わないので、これを自白したものとみなす。

そして、〈証拠〉によれば、次のとおりの各事実が認められる。

1  本件事故現場は、群馬県勢多郡北橘村大字下南室四三三-一付近の東西に走る県道上で、右現場先道路で、西に向かいやや右にカーブするが見通しは良好な場所で、原告は、右事故前、右道路を何回か通ったことがあった。

2  原告は、本件事故当日、午前一〇時ころから午後三時ころまで正味約四時間ほど友人ら(一部の者は暴力団に関係がある)と狩猟のため(但し、原告は銃の使い方を友人らに教えたのみであった。)宇都宮市の山を歩き、その後、一人でレンタカー(マツダ、ボンゴ、ワゴンサンルーフ、足立五五わ五三三七)を運転して帰宅する途中、時速約三〇ないし三五キロメートルの速度で走行中、本件事故現場の道路脇の電柱に自車左前部を衝突させた。

右衝突により、右レンタカーの助手席左前部が破損したが、外見上、運転席側にはなんらの変化もなかった。

3  原告は、右事故により前記のとおり負傷したが、当時、出血はなく、意識もしっかりしており、直ちに病院で治療を受けなければならないといった状況にはなかったが、近所の人の通報で到着した渋川消防署の救急隊員の勧めにより救急車で渋川市内の桜井病院(医師桜井芳樹)に搬送された。なお、原告は、その際「救急車は要らない」と拒否していた。

そして、同医院において、後頭部の腫れ(軽度)の治療及び胸部、左膝部の湿布等の治療を受け、腰部痛をも訴えていたが軽度で、エックス線異常も認められず、医師からは入院等の指示もなく、そのまま一人でタクシーに乗車して再び事故現場に戻り、渋川警察署の警察官の現場検証に立会った後、一人でタクシーに乗って帰宅した。

原告は、右事故発生後、現場検証までの間、めまい、しびれ、吐き気、耳鳴り等の症状につき右救急隊員は勿論、医師及び警察官にも訴えたことはなく、終始大した外傷ではないので大丈夫である旨述べていた。このため、現場検証をした警察官は、本件事故を物損事故として処理した。なお、原告は、右警察官に事故当時、シートベルトを着用していた旨申告したが、衝突のショックにより車外に転落したことは申告していない。

4  原告は、右事故の翌日にも前記桜井病院に通院して、胸部等の湿布を受けたが、同日午後、左耳に異常があるとして森耳鼻咽喉科石原分室(医師森喜一)で診察を受け、同医師の紹介により、昭和六二年一月五日、群馬大学医学部付属病院で診察を受けた結果、外傷性聴力障害の疑いとの診断を受け、同年二月二七日まで同病院に通院(実通院日数八日)し治療を受けたが、左側高度神経性難聴の後遺障害(固定日、同月二〇日)との診断を受けた。

5  原告は、昭和五一年から同五九年春まで温泉旅館の営業係をしていたが、右旅館が倒産したため、その後、個人で旅行の斡旋業を始め(但し、知事の認可は受けていない。)、少人数の団体旅行客の旅行案内や旅行客の取次等を事故時までしており、月額約一八万円の収入があった(但し、個人営業としての税務申告をしていないため、定期的な収入であったか否かは確定できない。)。しかし、原告は、一方で年に一、二度、電話や手紙で岩手県盛岡市に住む実弟の鷹木洋(岩手クラリオン株式会社代表取締役)に金の無心をし、同人から金を用立ててもらうことがあった。

6  原告には戸籍上の妻があるが、同女との間に子はなく、同女とは昭和五九年ころから別居し、同じく群馬県伊香保町に居住しているが、没交渉であり、生活費の送金などもしていないのもので、原告には、いわゆる扶養家族はない。そして、原告は、数年前から伊香保温泉の酌婦をしている女性と同居生活をしている。

以上の各事実が認められ、原告本人の尋問の結果中、右認定に反する部分はその余の前掲各証拠に照らし、にわかに措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告の本件事故当日の行動については、必ずしもその全てが明らかではないが、前認定によれば、友人らに狩猟のための銃の使用方法を教えるため約四時間程山歩きをし、午後三時ころにはこれを切上げたというのであり(その後運転までの行動は不明である)、原告が、事故当時、著しい過労状態にあったとは認め難く、他にこれを推認しうる特段の事情も認められない。また、原告の主張する事故当時居眠りをしていたとの具体的状況も必ずしも明らかとは言えない。そして、原告の負傷の経緯及び程度は前示のとおりであり、高さ約一・八メートルのワゴン車より衝突のショックで転落した際のものとしては、軽症であり、その後に原告が訴えるようになった症状を前提にすると、事故当日の医師や警察官に対する原告の言動は余りにも不自然である。更に、前認定によれば、原告には、事故当時、扶養していた家族はなく、旅行斡旋業も昭和五九年ころよりしていたもので、本件各保険契約時ころにおいて、その生活状況に特段の変化があったとは認められず、保険は郵便局の簡易保険しか加入したことがない(原告本人尋問の結果)者が、約一か月余りの間に六口という多数の同種の保険契約を締結する合理的理由が当時あったものとは認め難い。原告は、右につき本件の各保険が利殖面で有利であると判断した旨述べる(右本人尋問の結果)が、〈証拠〉によれば、右保険は特に利殖面で有利なものではないことが認められるのであり、右の原告の説明は、合理的なものとは認められない。しかも、前認定の原告の収入(月収約一八万円)からみて、一か月合計一〇万四八六〇円という保険料の支払いは通常の生活感覚に照らし、著しく不合理であり、本件全証拠によるも、原告が右のような多額の保険料を月々支払うだけの必要性ないしは生活状況にあったとの事情は認められない。

以上の事情と前認定の各事実とを総合判断すると、本件において、原告は、事故現場の道路状況等を予め認識したうえ、その計算のもとに保険金取得のため敢えて自車を電柱に衝突させ、偶発的事故を装ったものと推認することができ、本件事故は原告の故意によって発生したものというべきである。

したがって、被告らは、前示した故意免責の約定によりいずれも免責されるというべきである。

三  以上によれば、原告の本訴各請求は、その余につき判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中由子)

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